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東京地方裁判所 平成12年(ワ)3392号 判決

原告

X

外一名

右二名訴訟代理人弁護士

内藤寿彦

被告

三井生命保険相互会社

代表者代表取締役

三宅明

訴訟代理人弁護士

泉弘之

山崎善久

被告補助参加人

外二名

右三名訴訟代理人弁護士

遠藤隆也

主文

一  原告らの請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実及び理由

第一  当事者の求めた裁判

一  原告ら

1  被告は、原告X1に対し、二五〇万円及びこれに対する平成一二年三月一日から完済まで年六分の割合による金銭を支払え。

2  被告は、原告X2に対し、二五〇万円及びこれに対する平成一二年三月一日から完済まで年六分の割合による金銭を支払え。

3  訴訟費用は被告の負担とする。

4  仮執行宣言

二  被告

主文と同旨

第二  事案の概要

本件は、団体生命保険契約の被保険者であった者が、自筆証書遺言を残して死亡したところ、右遺言により団体生命保険契約に基づいて支払われる死亡保険金の受取人に指定されたと主張する原告らが、保険会社である被告に保険金の支払を請求したのに対し、被告が、団体生命保険契約においては被保険者が遺言によって死亡保険金受取人を指定することができないなどとして争った事案である。

一  基礎となる事実

(いずれも争いのない事実)

1 当事者等

(一) 被告は、生命保険業を業とする会社である。

(二) 原告X1は、故Aの兄、原告X2は、Aの弟である。Aには、原告らのほか、法定相続人として被告補助参加人三名及びB(いずれもAの兄姉)がいる。

2 本件保険契約の締結

Aが従業員として勤務していた三井物産株式会社は、Aを被保険者として、被告との間で、左記のとおりの生命保険契約(以下「本件保険契約」という)を締結した。

保険種類 団体定期保険(Bグループ保険)

団体名  三井物産株式会社

被保険者 A

契約日  平成一〇年一月一日(一年更新、継続加入)

死亡保険金額 五〇〇万円

保険期間 平成一〇年一月一日から同年一二月三一日

死亡保険金受取人 当初は、指定なし

3 Aの自筆証書遺言等

(一) Aは、平成一〇年五月一二日、自筆証書による遺言(以下「本件遺言」という)を行った。本件遺言書(甲四号証の二)には、本件争点に関わる条項として、以下のような条項がある。

① 三井生命保険に加入の保険金三件及び三井物産労働組合に加入の共済保険、着物、洋服及び服飾品、バック類はBに相続させる。(二項)

② 三井物産(株)から支給される各種金銭及び銀行預金、郵便貯金、生命保険等の金銭及び債務はX1に二分の一、X2に二分の一相続させる。(三項)

(二) Aは、平成一〇年五月一九日に死亡し、本件遺言書は、平成一〇年七月二四日、東京家庭裁判所において検認された。

4 本件保険約款

本件保険契約にかかる団体定期保険普通保険約款(以下「本件保険約款」という)には、以下のような条項がある。

(死亡保険金……の受取人)

第七条一項

この保険契約の死亡保険金受取人は、被保険者が指定した者とします。ただし、当会社の定めるところにより、被保険者の同意を得て、保険契約者が別に定めることができます。

(死亡保険金受取人の指定または変更)

第三五条一項

保険契約者は、当会社の定めるところにより、被保険者の同意を得て、死亡保険金受取人を指定しまたは変更することができます。

同条二項

前項の指定または変更は、その旨を当会社に書面で通知してからでなければ、当会社に対抗することはできません。

(死亡保険金受取人の指定がない場合)

第三六条

死亡保険金の支払事由が生じた場合に、死亡保険金受取人が指定されていなかった(中略)とき(中略)は、被保険者の配偶者、子(子が死亡している場合には、その直系卑属)、父母、祖父母、兄弟姉妹の順位に従って死亡保険金受取人が指定されてあったものとします。この場合、同順位の者が二人以上あるときは、死亡保険金はその人数によって等分するものとします。

5 原告らによる通知等

原告らは、平成一一年七月二九日、被告に対し、本件保険契約における死亡保険金受取人が原告らに指定(変更)された旨の通知をした。これに対し、被告は、本件保険契約における死亡保険金受取人は被保険者の兄弟姉妹全員であるとして、原告らに対する保険金の支払を拒絶した。

二  争点

本件の主要な争点は、①本件遺言の解釈(本件遺言において、原告らが本件保険契約の死亡保険金の受取人として指定されたものと解することができるか否か)、②本件保険契約において、被保険者が遺言によって死亡保険金受取人の指定をすることができるか否か、の二点である。

三  争点に関する当事者の主張

1  争点①(本件遺言の解釈)について

(一) 原告ら

(1) 本件遺言書二項及び三項の記載は前示の基礎となる事実3(一)のとおりであるところ、三項の「生命保険等」とは、二項に記載されている生命保険以外のものを意味することは明らかである。

そこで、二項の「三井生命保険に加入の保険金三件」の意味であるが、これは、Aが被告との間で締結していた保険契約者をA、保険金受取人をAや原告らの母であるCとする三件の生命保険契約を指すものである。すなわち、Cは平成九年五月一日に死亡し、Aは、右三件の保険金受取人を変更する必要があったが、これをBに指定する趣旨で本件遺言書二項を記載したものである。なお、Aが契約していた生命保険は、これらの他に一件あったが、これは当初からBが受取人に指定されており、遺言により指定をする必要がないものであった。

したがって、本件遺言書三項にいう「生命保険」とは、本件生命保険契約を指すものである。

(2) また、本件保険契約の契約者は、三井物産株式会社であり、Aは被保険者に過ぎないのであるから、これは本件遺言書二項にいう「三井生命保険に加入の保険」ではないし、本件保険契約に関しては、三井物産株式会社を介して手続をしていて、証書等の交付を受けていないAは、これが「三井生命保険に加入の保険」であるとの意識を持ち得ないものである。

(3) 以上より、本件遺言書三項にいう「生命保険」とは、本件生命保険を指すものであることは明らかである。

(二) 被告

本件遺言書三項の「生命保険」という包括的な記載をもって、本件保険契約を特定することは到底できない。被告としては、本件遺言は、本件保険契約に言及していないと解するしかない。

2  争点②(本件保険契約において、被保険者が遺言によって死亡保険金受取人の指定をすることができるか否か)について

(一) 原告ら

(1)本件保険約款七条の意義について

本件保険約款七条一項本文は「この保険契約の死亡保険金受取人は、被保険者が指定した者」とする旨を規定しているところ、右にいう「指定」とは、狭義においては、受取人が指定されていない場合にこれを指定することをいい、受取人を指定する時期が「当初の加入時」であるか、それ以後であるかは関係ない。したがって、本件約款七条一項の「指定」は、「当初の加入時」だけではなく、それ以降に行う場合も含むものである。

確かに本件保険契約の契約者は三井物産株式会社であるが、被保険者に受取人指定権があることは、本件保険約款七条が規定しているところであるし、実質面から見ても、本件保険契約は団体定期保険のBグループ保険であるところ、この保険は、実質的には被保険者が保険料を支払っているものであり、実質的な保険契約者は被保険者であるといえるものであるから、被保険者が受取人指定権を有することは当然である。

(2) 本件保険約款三五条の意義について

一方、本件保険約款三五条一項は、保険契約者も第二次的に死亡保険金受取人の指定・変更権を有することを規定しているものに過ぎず、本件保険約款七条一項本文による被保険者の指定権を制限する根拠にはなり得ない。

また、七条一項但書と三五条一項が重複していることをもって、三五条が「加入後の指定」を規定したものであると解することはできないし、本件保険約款三五条一項と商法六七七条とが類似していることも、本件保険約款三五条一項には商法六七七条にある「契約後」との文言がないことから、本件保険約款三五条一項が「加入後の指定」を規定したことの理由にはならない。

(3) 本件保険約款七条と三五条の関係について

仮に、本件保険約款三五条が「加入後の指定」を規定していると解釈できたとしても、これは本件保険約款七条一項但書に対応する規定であり、保険契約者による指定、変更の場合の規定にすぎない。右の規定を根拠に本件保険約款七条一項本文の被保険者の指定権が制限されていると解するのは、飛躍である。

(4) 本件保険約款の不備について

いかなる解釈を採るにしても、本件保険約款が不備であることは間違いない。

ところで、保険約款は、保険会社である被告が作成し、多数の契約の相手方に対して画一的に法律効果を与えるものであるから、客観的に解釈されなければならないものである。

そして、本件で問題となっているBグループ保険の実質的な保険契約者である被保険者の死亡保険金受取人の指定権は、被保険者にとり極めて基本的な権利であるから、これを制限することは約款によって明確に知らされていなければならない。ところが、本件保険約款においては、被保険者の死亡保険金受取人指定権が明確に制限されていないのである。

なお、被告は、本件保険契約が団体定期保険契約であることから、その集団性や事務量の軽減の必要性をその主張の論拠の一つとするが、このことは約款の解釈の根拠とはならず、約款の作成者である被告が約款の不備により不利益を受けることとなるのはやむを得ないというべきである。

したがって、本件保険約款によって被保険者の死亡保険金受取人指定権が制限されていると解釈することは許されず、被保険者であるAは、遺言をもって死亡保険金受取人の指定ができるものである。

(二) 被告

(1) 本件保険契約における保険金受取人の指定権について

保険金受取人の指定は、本来保険契約者の専権であり、いったん保険金受取人に指定された者があっても、保険契約者は、その者の同意なくして、保険金受取人を変更することができる。

団体定期保険である本件保険契約においても、基本的にこのことに変わりはなく、本件保険約款三五条一項によれば、保険契約者である三井物産株式会社は、既に指定された保険金受取人の同意なくして、保険金受取人を指定、変更することができる。一方、被保険者から直接被告に行われる保険金受取人の指定、変更請求には、これを認める約款の規定が存在しない以上、受諾することができない。

したがって、本件保険契約においては、保険契約者たる団体(三井物産株式会社)が関与する余地のない本件遺言をもって、被保険者(A)は、保険金受取人の指定、変更請求を行うことはできない。

(2) 本件保険約款七条と三五条の意義及び両条の関係について

団体定期保険のうち、本件のようなBグループ保険契約においては、保険契約者は団体であるが、その保険料の一部又は全部を被保険者が負担していることが通常であり、実質的には被保険者である団体構成員が自己のために保険加入するものであることを考慮し、本件保険約款七条一項において、被保険者に死亡保険金受取人の指定権を認めている。ただし、当初の加入時に死亡保険金受取人の指定がされないときは、当然に被保険者の相続人等が受取人になる(本件保険約款三六条)。

そして、いったん保険契約が締結された後における死亡保険金受取人の指定又は変更については、保険契約者たる団体が、被保険者の同意を得て、これをすることができる旨を規定したのが、本件保険約款三五条一項である。すなわち、当初、死亡保険金受取人の指定がされず、契約の途中で右指定がされる場合又は契約途中で右指定が変更される場合は、専ら右三五条一項により被保険者の死亡保険金受取人の指定変更権の行使がされることとしたものである。このようなところから、本件保険約款七条一項には「変更」の規定を置かず、対抗要件に関する商法六七七条一項類似の規定も、三五条二項にのみ置かれたのである。

したがって、被告としては、契約途中において、被保険者たる団体を通さず、被保険者が、直接被告に対し死亡保険金受取人の指定変更を申し出た場合は、これを拒絶することになるのである。

(3) 本件保険契約の特質等について

本件保険契約である団体定期保険は、複数の被保険者を一つの契約の下に保障する保険であり、契約当事者は保険会社と団体であるし、危険選択の原理(契約引受けに伴うリスクの判断基準)も団体自身に適用される。すなわち、特定の共通要素を持つ人的集団を一つの契約単位と捉えることで、被保険者の健康状況についての個々人の選択を簡略化している。そのため、被保険者は、保険契約者である当該団体の構成員等に限定されるのである。

そして、保険料の計算も平均保険料率により行われるし、実際に適用される保険料率についても、個人保険より保険料が割安になるように設定されている。これは、団体における一括処理による利便性や大量販売・大量管理により、経費の節減を図ることができるからである。

このように団体定期保険は、団体の存在を離れては運営し得ない保険形態であり、当初の加入申込も、保険金請求も、保険契約者である団体を経由して行われることになる。すなわち、保険加入から保険金請求の各過程における諸手続は、本件保険約款上当然に団体を経由されて行われることが前提とされているのである(一一条、二〇条二項、二二条二項、三一条二項、三二条一項、三三条一項、三五条一項)。

右のような団体定期保険の特質を無視した原告らの主張は、団体定期保険の経済性、利便性を享受する一方で、その負担を否定しようとする一方的な主張である。

したがって、被保険者において、死亡保険金受取人の指定を保険契約者である団体を通さずに直接行うことはできない。

第三  争点に関する判断

一  争点①(本件遺言の解釈)について

1  争点についての判断に関係する本件遺言書(甲四号証の二)の記載は、前示の基礎となる事実3(一)のとおりであるところ、三項には「生命保険等の金銭……はX1に二分の一、X2に二分の一相続させる」とある。そこで、これが、本件保険契約に基づく死亡保険金の受取人を原告らと指定する旨の意思表示であると解釈できるか否かについて検討する。

2  本件遺言書二項には、「三井生命保険に加入の保険金三件……はBに相続させる」との記載があり、弁論の全趣旨によれば、これらの三件に相当する生命保険契約の死亡保険金受取人は、当初Aや原告らの母(既に死亡)に指定されていたものであったこと、これらについて、被告は、保険金受取人がBに変更されたものとして、Bに対し死亡保険金を既に支払っていることが認められ、このような事情に照らせば、本件遺言書における右の「相続させる」との記載は、Aが死亡保険金の受取人を指定あるいは変更する意思を表したものと解するのが相当である。

そこで、本件遺言書三項における「生命保険」が本件保険契約を指すものと解することができるか否かを検討する。弁論の全趣旨によれば、Aが契約していた生命保険は、二項で特定された三件のほかに、保険金受取人をBとするものが一件あったと認められるところであるが、これも右三件と同様「三井生命保険に加入の保険」、つまりAが保険契約者となっていたものであるから、仮にその保険金受取人を変更する意思があれば、二項と同様の書き方になっていたはずである。しかも、右保険契約における保険金受取人は当初からBであるところ、前記三件の保険契約における保険金受取人はBに変更していることに照らすと、Aは、もともとBが保険金受取人である保険契約について、その受取人をB以外の者に変更する意思は有していなかったものと推認することができるから、本件遺言は、右のBを保険金受取人とする保険契約には何ら言及していないものと解するのが相当である。

そうであるとすると、本件遺言書の三項にいう「生命保険」とは何かが問題となるが、弁論の全趣旨によれば、Aが契約しあるいは被保険者となっていた生命保険は、本件遺言書二項記載の三件及び前記のBが保険金受取人であった一件のほかには、本件生命保険契約以外に存在しないものと認められること、本件保険契約は、基礎となる事実2のとおり団体定期保険であるから、保険契約者は団体(三井物産株式会社)であって、Aは直接の契約当事者でなく、「三井生命保険に加入」の生命保険とは性格を異にすること、等の諸般の事情に照らすと、本件遺言書の三項にいう「生命保険」とは、本件保険契約を指すものと解するのが相当というべきである。

3  したがって、本件遺言書三項は、本件保険契約に基づく死亡保険金の受取人を原告らと指定する旨のAの意思を表示したものと解釈することができる。

二  争点②(本件保険契約において、被保険者が遺言によって死亡保険金受取人の指定をすることができるか否か)について

1  本件保険約款の文言について

本件保険約款のうち、死亡保険金受取人の指定等について定めた部分の文言は、前示の基礎となる事実4のとおりであり、「総則」と題する章に置かれている七条の一項本文は、死亡保険金受取人は、被保険者が指定した者とする旨を規定し、同項但書で、保険契約者も、被保険者の同意を得て死亡保険金受取人を別に定めることができる旨を規定している。他方、「保険契約者の変更および死亡保険金受取人の指定または変更」と題する章に置かれている三五条の一項は、保険契約者は、被保険者の同意を得て、死亡保険金受取人を指定しまたは変更することができる旨を規定している。

つまり、本件保険約款は、死亡保険金受取人の「指定」について、一方では、七条一項本文において、被保険者がなし得るものとしつつ、他方で、七条一項但書及び三五条一項においては、保険契約者もこれを指定変更することができるものと規定しているのである。ところが、被保険者に死亡保険金受取人の「指定」権があることについては、「総則」には規定されていながら、各則的規定が置かれている「保険契約者の変更および死亡保険金受取人の指定または変更」の章においては、その具体的な権利行使の方法や保険会社に対する対抗の問題について、直接的には規定するところがないのである。

このように、本件保険約款は、被保険者の死亡保険金受取人の「指定」権行使の方法あるいは保険契約者の権利行使との関係について、一義的に明確な規定の仕方をしていないのであって、団体定期保険(Bグループ保険)契約において、被保険者が遺言によって死亡保険金受取人の指定をすることができるか否かを判断するに当たっては、結局のところ、団体定期保険(Bグループ保険)契約としての本件保険契約の構造、性質等を踏まえ、本件保険約款の文言を合理的に解釈することにより決するほかない(なお、被告は、本件保険約款三六条の規定を根拠として、契約締結の当初に死亡保険金受取人の指定がなされず、後に指定がされる場合は、専ら「変更」権の行使の問題であるとして立論するが、もともと、「指定」権は変更権を包摂する概念であるばかりでなく、当初指定がされなかった場合は、本件保険約款三六条の規定による「指定」がされたことになるとの解釈も、右約款の規定の文言上無理があるといわざるを得ず、右の立論は採用することができない。)。

2  死亡保険金受取人の指定変更権の所在の原則について

商法上、保険金受取人が保険契約者以外の第三者である他人のためにする生命保険契約においては、保険契約者が保険金受取人の指定変更権を留保することが認められているところであり(商法六七五条一項但書)、この場合、保険契約者は、既に保険金受取人として指定されていた者の同意を得る必要はない。その意味では、保険金受取人の指定変更は、保険契約者の本来的な権利であるということができよう。

このような保険契約者の地位は、事柄の性質上、本件保険契約のような団体定期保険においても基本的には異なるところはないと解されるのであって、本件保険約款七条一項但書及び三五条一項の規定は、右の保険契約者である団体の死亡保険金受取人の指定変更権を確認したものということができる。

すなわち、本件保険契約においても、保険契約者である団体、つまり三井物産は、被保険者であるAの同意を得て、死亡保険金受取人を指定し、又は変更することができるのである。

3  死亡保険金受取人の指定における団体定期保険(Bグループ保険)契約の実質の反映について

ところで、団体定期保険のうち、保険契約者たる団体が任意に加入を申し出た構成員によって構成され、保険料の全部又は一部を被保険者たる個々の構成員が負担するいわゆるBグループ保険においては、多くの場合、その実質が、団体の個々の構成員が自ら又はその相続人らのために加入するもので、その限りでは、団体は形式的な契約者にすぎないという一面を有する。

したがって、保険契約者である団体の構成員は、自らを被保険者とする当該団体保険の死亡保険金受取人が誰であるかについては、個人として保険契約者となって加入する保険と同様に、強い関心や利害関係を有するのが通常である。そうすると、死亡保険金受取人の指定については、原則的には被保険者の意思に基づいて定められることが契約の実質に即応し、適切であるということができる。このような考え方から被保険者が死亡保険金受取人指定権を有する旨を規定したのが、本件保険約款第七条一項本文であると解されるところである。(もっとも、当該保険契約はあくまで団体保険契約であるところから、団体定期保険契約への加入申込時に被保険者が死亡保険金受取人の指定権を行使する場合でも、実際の手続の上では、被保険者が直接保険会社にその旨の意思表示を行うわけではなく、右意思は、被保険者において、保険契約者である団体が保険会社に提出する保険申込書の所定欄に記入する方式により、保険契約者である団体を通じて保険会社に伝達、処理され、これによりその指定が保険契約の内容となるものとされているところである。〔乙二号証、弁論の全趣旨〕)。

4  団体保険契約であるという契約の構造・特質について

ところで、団体保険は、複数の被保険者を一個の契約の下に保障する保険であり、契約当事者は保険会社と団体(または被保険団体の代表者)であり、もとより、保険契約者である団体の構成員である個々の被保険者は、法的には保険契約の当事者ではない。保険会社の契約引受けに伴うリスクの判断基準も、個人単位ではなく、団体自体に対して適用される。すなわち、特定の共通要素を有する人的集団を被保険団体として一つの契約単位として捉えることにより、被保険者の健康状況についての個々人の選択を簡略化しているところである。その結果、被保険者は、原則として、保険契約者である団体の構成員に限定され、被保険者が退職等により当該団体の構成員でなくなったときは、当然に保険契約から脱退することになるのである(本件保険約款三一条二項参照)。

また、保険会社は、団体保険契約という方式をとることで、大量の保険を一度に販売することができ、かつ、契約の締結から保険料の支払、保険金の請求に至る各過程における諸手続は、基本的に団体との間で、あるいは団体を経由して行われることとしている(本件保険約款一一条、二〇条二項、三一条二項、三二条一項、三三条一項等参照)から、事務手続きが大幅に簡略化され、経費が節減されることになる。その結果、団体保険契約において実際に適用される保険料率は、通常、個人で保険契約に加入する場合に比べて割安になるように予め低く設定されることになる。〔以上、弁論の全趣旨〕

このようなところから、団体保険の保険契約者である団体の構成員においても、団体保険契約の被保険者となることにより、自らが個別的に保険会社との間で保険契約を締結する場合には得られない利点を享受することができるのである。

5  本件保険契約における被保険者の死亡保険金受取人指定権の限界について

(一) 右1ないし4に認定したような本件保険約款の文言、生命保険契約における死亡保険金受取人の指定変更権の原則的所在、団体定期保険(Bグループ保険)契約の実質ないし特質を総合して検討すると、本件保険契約における被保険者は、本件保険約款上、死亡保険金受取人を指定変更する権利を認められているものの、その権利の行使は、あくまで保険契約者である団体を通じて行わなければならないものであり、被保険者が、保険契約者である団体と無関係に死亡保険金受取人の指定変更に関する意思表示を行っても、それだけでは死亡保険金の受取人に関する保険契約の内容を決定しまたは変更する効力を生じさせることはできないものと解するのが相当である。

すなわち、右2のように、もともと生命保険契約における保険金受取人の指定変更は、保険契約者の本来的な権利に属するものということができるところ、右3のように、団体定期保険(Bグループ保険)契約においては、その保険料を保険契約者である団体の構成員である被保険者が負担すること等の契約の実質を考慮し、本件保険約款において、被保険者にも死亡保険金受取人の指定権を認めたものと解されるのである。しかしながら、右のような団体定期保険(Bグループ保険)契約における被保険者の死亡保険金受取人の指定権は、あくまで本件保険約款により認められたものであって、その権利の行使方法についても、保険契約者は当該被保険者が構成員の一人となっている団体そのものであるとの、団体保険契約の構造ないし特質を反映した本件保険約款の規定する制約の下に置かれざるを得ない性質のものである。そして、右4のとおり、本件保険約款においては、契約の締結から保険金の請求に至る各過程における諸手続は基本的に保険会社と保険契約者である団体との間で、あるいは団体を経由して行うものとしているところである。

右のような観点からすれば、死亡保険金受取人の指定変更について規定した本件保険約款七条一項、三五条一項、二項の規定も、被保険者のする右権利の行使は、あくまで保険契約者である団体を通じて行われることを前提としているものと解されるのである(このように解すれば、死亡保険金受取人の指定変更に関する総則的規定である本件保険約款七条一項と各則的規定である三五条一項の関係について整合性のある把握が可能であり、かつ、三五条二項において、死亡保険金受取人の指定変更についての保険会社への対抗の問題に関し、被保険者からの通知には言及していない点も合理的に説明することができるのである。ちなみに、被保険者が団体定期保険契約への加入申込時に死亡保険金受取入を指定する場合の手続的処理の実情は右3の括弧書で触れたとおりであり、かつ、この方式は本件保険約款が予定しているところと合致しているものとみられるのであって、加入後に指定する場合は、被保険者において指定の意思を団体に伝え、保険契約者である団体が、本件保険約款三五条一項の規定に依拠して「被保険者の同意」を得たとの形式を取って指定の手続を採ることになる。)。

(二) この点について、右3のとおりの団体定期保険(Bグループ保険)契約における保険料の負担や加入目的といった実質に着目する限り、右保険契約は、個々の団体構成員を保険契約者とし、かつ被保険者とする保険契約をひとまとめにして、単に形式的に保険契約者を団体としたにすぎないものとみることができるかのようであり、このような実質を強調すれば、原告らが主張するように、団体定期保険(Bグループ保険)契約においても、保険契約者である団体の構成員である個々の被保険者が、自らが保険契約者となって加入する保険契約におけるのと同様に、保険契約者である団体とは無関係に、自由に死亡保険金受取人の指定変更をすることができると解釈することが相当であるかのようである。

しかしながら、右のような解釈方法は、団体定期保険(Bグループ保険)契約における被保険者による保険料の負担等の側面のみを一面的に強調し、他方では、被保険者においても、団体保険に加入することにより右4でみたような割安の保険料負担等の経済性及び利便性を享受しているという実質はこれを看過し、かつ、団体保険契約という契約としての法的構造を無視するものといわざるを得ず、これを採用することはできない。

6  本件遺言による死亡保険金受取人指定の意思表示の効力について

右のところよりすれば、本件保険契約においても、被保険者たるAのする保険金受取人指定権の行使は、保険契約者である三井物産株式会社を通じて行わなければならないものであり、したがって、Aにおいて、本件遺言によって、本件死亡保険金の受取人の指定に関する意思表示を行ったところであるが、その遺言内容に即して死亡保険金の受取人に関する本件保険契約の内容を決定させる効力は生じなかったものといわざるを得ない。そして、本件においては、Aの死亡によって、本件保険約款三六条の規定により、同条の規定するところに従って、いずれもAの兄弟姉妹である原告ら、被告補助参加人ら及びBが死亡保険金受取人として指定されていたものと取り扱われるところとなったものである。

三  まとめ

右のところによれば、原告らの請求は、いずれも理由がないこととなる。

なお、右二6に言及したとおり、本件保険契約については、原告らを含むAの兄弟姉妹六名が死亡保険金の受取人となるものであり、かつ、本件保険約款三六条後段の規定によって、原告らそれぞれは死亡保険金額の六分の一ずつの金額の保険金請求権を取得したものと認められるところであるが、被告においても、本件訴訟が提起される以前から、原告らが右同額の保険金請求権を取得したことはこれを認めているところであって(甲三号証、弁論の全趣旨)、このような経緯をも勘案すれば、原告らの本訴請求が、右の本件保険約款三六条の規定の適用があることを前提とした請求をも包含するものとは解し難く、かつ、あえてそのように解する実益があるとも認め難いから、請求の一部認容判決は行わないこととする。

第四  結論

以上のとおりであるから、原告らの請求をいずれも棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法六一条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官・川勝隆之、裁判官・坪井宣幸、裁判官・澤村智子)

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